妙円寺慈愛の丘 とそ動物霊園〜ペット火葬から納骨・葬儀・供養まで
 鹿児島中央駅より車で7分。桜島や壮大な景色を一望できる動物霊園です。
鹿児島市唐湊2丁目1123-7
 宗教法人 妙円寺
 慈愛の丘  とそ動物霊園
フリーダイヤル 0120−59−1194
一 期 一 会
1 はじめに…
1 最愛のペットが最期の時を迎えたら…
3 ペット供養・ペット葬儀は現代人のみの慣習か…
4 火葬について 
6 その後の供養について…
6 ペットロスについて
6 ペットと呼ばれる生命たちの光と影…。 
6 今は亡き 愛しき君へ  
6 生きとし生けるものすべて
そして施餓鬼法要 
 
   

 
トップページ アクセス 供養 法要 グッズ お問い合せ
もしもペットが亡くなったら 火葬供養料金表

とそ動物霊園 一期一会 ペット火葬から供養まで 
 
 はじめに…。
とそ動物霊園〜はじめに
仕事を終えていつもの部屋に帰ってくると、愛くるしい声で迎えてくれる。「自分は独りじゃないんだ」そんな心強い気分にしてくれる。
動物と暮らしている者だけに訪れる至福の時間ではないでしょうか。

昔と違い、現在は犬や猫の役割は大きく違ってきています。
オオカミの群れより人間をパートナーに選んだ犬や、仏教の伝来とともに、日本へやって来た猫も、もちろん今のようにおおよそ大事にされてきたわけでは無い。

「番をするために犬を」…、「鼠を捕るから猫を」…で、人間の余り物を食料として与える。そんなでした。

ところが現在は初めから家族として迎えられ、家族として一生を終える。そしてペットたちもまた、自分を人間だと思っています。

多くの動物たちはその労働的役割から“解放”され、その愛くるしい表情や仕草で私達人間の家族や友人として、癒しを与えてくれています。

しかし、残念なことにそんな彼らは、我々の数倍の早さで歳を取り、この世を去っていってしまいます。

人間 人間
犬・猫と人間の年齢比較表 1ヶ月 1歳 1ヶ月 1歳8ヶ月
2ヶ月 3歳 2ヶ月 3歳4ヶ月
3ヶ月 5歳 3ヶ月 5歳
6ヶ月 9歳 6ヶ月 10歳
9ヶ月 13歳 1歳 17歳
1歳 17歳 1歳6ヶ月 20歳6ヶ月
2歳 23歳 2歳 27歳
3歳 28歳 3歳 33歳
4歳 32歳 4歳 39歳
5歳 36歳 5歳 45歳
6歳 40歳 6歳 50歳
7歳 44歳 7歳 55歳
8歳 48歳 8歳 60歳
9歳 52歳 9歳 65歳
10歳 56歳 10歳 70歳
11歳 60歳 11歳 74歳
12歳 64歳 12歳 78歳
13歳 68歳 13歳 82歳
14歳 72歳 14歳 86歳
15歳 76歳 15歳 90歳
16歳 80歳 16歳 93歳
17歳 84歳 17歳 96歳
18歳 88歳 18歳 99歳
19歳 92歳 19歳 102歳
20歳 96歳 20歳 105歳

 
 最愛のペットが最期の時を迎えたら…
ペットが最期の時を迎えたら〜とそ動物霊園
ドッグ・フードやキャットフードの普及、また動物病院の増加などにより、愛玩動物は確実に長寿化していますが、それでも人間の数分の一程度の短い一生です。
しかし、短いと言っても、80歳まで生きた人の愛犬が20年生きたとしますと、実に一生の4分の1もの時間を一緒に過ごすわけですから、いろんな思い出もたくさんできるでしょうし、人間同様老いていくのを見るのも、体調を崩して苦しむのを見るのも実につらいものです。その存在の大きさは、まさに家族そのものといえるでしょう。

 〜是は今日だけの定めではなく、奇妙でもないし、不思議な事でもない。生まれてくれば、いつか死ぬのである。「生」の次は必然とし「死」が訪れる。生命たるものにはこの定めがある。〜
 『“死”について』 マハーカッピナ:釈尊の弟子の一人


そんな悲しい日は来ないほうがいい、誰だってそう思う家族との別れです。
動物も人間同様歳を取ります。いつまでも一緒にいたい、でもそうもいかないのが現実です。

「よく頑張ったね、今までありがとう。」
そう伝えてあげてください。

一緒に散歩したり、遊んだり、寂しいときの自分、まだ若い半人前の時、いつも傍にいて見守ってくれた彼等(ペット)とのお別れの時が来たのです。
 ペット葬儀・ペット供養は現代人のみの慣習か…。
ペット葬儀・ペット供養は現代人のみの慣習か 近年ではペットの火葬はもちろん、葬儀、供養など当たり前のように執り行うようになってきました。
多くの施設の場合、ここ鹿児島県でも、○○ペット葬儀場・〇○ペット霊園・○○動物霊園・〇○ペット火葬場・〇○ペット斎場・〇○ペットメモリアル・〇○ペットセレモニーなど、日々愛玩動物(ペット)の火葬・供養・葬儀などが行われております。

ペットの場合、その見送る方法は多種多様です。
ペットの総合葬祭「 妙円寺 慈愛の丘 とそ動物霊園」でも御家族の“どこまで”に答えられるように、様々なプランを御用意しています。

 沢山の仲間と眠れる合祀墓や納骨堂。家族と一緒にいられる自宅供養。
また大好きだった自宅の庭に散骨される方。
読経を頼み、御位牌まで作られる方。供養の仕方も人それぞれです。

これは、ペットブームと言われる現代における独特の慣習でしょうか?
実はそうでもないようです。

○夏目漱石は「吾輩は猫である」のモデルとなった猫が死んだとき、「先日、埋葬の儀を箱詰めにして執り行いました」と友人に手紙を出し、その墓標に「猫の墓」と書いたそうです。

※小説「吾輩は猫である」のモデルの黒猫は明治41年9月14日の晩に病死。

※漱石が友人や弟子に送った手紙
辱知猫義久しく病気の処療養不相叶昨夜何時の間にか裏の物置のヘッツイの上にて逝去致候 舞葬の儀は車屋を頼み箱詰めにて裏の庭先にて執行仕り候。
但し主人「三四郎」執筆中につき御会葬には及び申さず候 以上

宛名は小宮豊隆、鈴木三重吉、松根東洋城などで、鈴木三重吉は「猫の墓に手向けし水も氷りけり」という句を献じたとのことです。

○大智禅師と言う長崎の僧は座禅中にいつも好物の山芋を持ってきてくれた猿が、ぱったり来なくなったので、心配して山に入ると、岩の下敷きになって死んでいた。
その手には山芋が握られていた。大智禅師は涙を流しながら、石に猿の墓を彫ったという民話が残されており、現在でもその「お猿のお墓」が残っています。

○そして慈悲深き鬼と言われる戦国武将の島津義弘。朝鮮の役に、時刻を知るために連れて行った七匹の猫のうち、生き残った二匹の猫を連れ帰り、(猫の目で時刻がわかるんですね)大変可愛がり、その死の際には小さな神社を建立し、そこに祀ったと言います。
勇猛さで知られる義弘 公ですが、敵側の供養塔を建てたりと、大変信仰深い人であったと聞きます。
また愛馬の供養もしたという逸話もあり、その精神はここ鹿児島でのペット霊園の始祖的存在といえるのかも知れません。

我がとそ動物霊園も先人たちの慈愛の精神を受け継いでいきたいものです。
 次ページへ (火葬について〜)

TOPへ戻る

   
  Copyright(C)2012 Office Blue&Green