署名活動のお願い

※編集中
署名用紙がダウンロードできます。

妙円寺の由来

曹洞宗 妙円寺は今から約六百年前の室町時代、高僧石屋真梁により西国の覇者 長州の守護大名 大内義弘の息女の菩提を弔うために徳重の地( 現在の徳重神社の場所 ) に建立されました。
大内公の姫の戒名が法智妙円霊位であったことから、当寺も山号を法智山、寺号を妙円寺としました。

その約二百年後、幼少よりの参禅や学問を学び、また南北朝の和平に功を成した石屋真梁禅師の教えにいたく感銘した島津義弘公は、寺領を五百石に加増。
妙円寺を義弘公自らの菩提寺と定め 更に栄ましたが、明治初頭の廃仏毀釈 ( 神仏分離令 ) の難にあい、その伽藍の全てが焼き尽くされてしまいます。

廃仏で伽藍の全てを焼き払われた妙円寺でしたが、心ある伊集院の郷士などの手によって、開山像、法智妙円霊位位牌、島津義弘公位牌、その他の貴重な宝物が納屋や屋根裏に隠され、奇跡的に難を逃れました。

その間に曹洞宗 妙円寺があった場所には、妙円寺より奪い取った島津義弘公仏像をご神体とする 徳重神社が建てられましたが、妙円寺を無くすのは惜しいと現在の寺領を寄進してくださったのは、古くよりの伊集院の名家でした。

こうして心ある方々の協力を得て明治十三年には現在の地に妙円寺の復興が成った訳であります。


妙円寺詣りの現状

県三大行事の妙円寺詣りは当寺の寺号を無断で使用しながら、

当寺には参らず徳重神社のみに参拝、
徳重神社は妙円寺のように振る舞う。

妙円寺は焼失したままのような記述で 復興したことを伝えることもなく、
今日に至るまで日置市伊集院町行政側の管理のもと、この理不尽な神事が行われ続けているという事実。

また鹿児島の教育者達も、誰一人として真の歴史を伝えようとする者がいないという情けない事実。

これらの何処に薩摩の誇る<郷中教育>の精神が存在すると言うのでしょう。

当寺としては、復興以来 歴代住職が伊集院町側に抗議してまいりましたが、
伊集院町側は一度たりとも話し合いのテーブルについたことはありません。

当寺もこの状況の打破を画策してまいりましたが、一向に好転しないままであります。


そこで今後妙円寺は日置市に対して、警告文書を発送(妙円寺詣り、妙円寺団地、妙円寺小学生、中学校、妙円寺街道等の日置市の無断使用、
それにともない私立保育園や郵便局、個人商店に至るまでの寺号無断使用に波及する当寺院への悪影響などについて)することに至りました。
(なお、この警告文書及び質問状に対してなんの返答・改善も見られない場合、次には内容証明発送、訴訟を起こす予定です)。

現在、支援者の方々や檀家様の協力にて署名活動を展開しております。

これは現在の虚偽の広報や教科書における間違った教育への反論への同意書とお考え下さい。

現在かなりの数の同意をいただいておりますが、それが多過ぎるということはございません。
真の歴史を伝えて行くためにご協力くださいますようお願い申し上げます。


署名用紙(PDF)印刷してご使用ください。

ご協力いただいた署名は、他の目的に使用せず、個人情報保護の趣旨にそって管理します


なお、記入済みの署名用紙は、お手数ですが下記に送付していただくようお願いいたします。

〒899-2502 
鹿児島県日置市伊集院町徳重521番地 
   法智山 妙円寺
   TEL&FAX  099-272-2441